style: experiment*
行基本変形で移り合う行列全体の集合
2024/5/24
行列のなす集合への一般線形群による左作用の視点で行基本変形を解釈することで、固定した行列と行基本変形で移り合う行列全体の集合を一般線型群の剰余として記述する。
状況設定
を体とし、 で要素が の元である 行列全体のなす集合を、 で要素が の元である 次正方行列全体のなす集合を表す。 一般線形群 の集合 への左作用を左からの掛け算により定義する。 以下、この作用について考える。 省略のため とおく。
2 つの行列 が行基本変形で移り合うこと、すなわち、ある が存在して が成り立つことは、2 つの行列の軌道が等しいこと、すなわち が成り立つことと同値である。 したがって、軌道 は、行基本変形により と移り合える 行列全体の集合を表す。
ここで、軌道固定群定理を思い出す:
軌道固定群定理 (orbit-stabilizer theorem)
ここでは現在の設定を忘れ、独立の状況で考える。 群 が集合 に左作用しているとする。 このとき、 に対して、 とおくと、これは の部分群であり、集合としての同型
が成り立つ。 なお、 は固定部分群、安定化部分群、stabilizer などと呼ばれる。
この定理を用いると、全単射
が存在することがわかる。 つまり、行基本変形で と移り合う 行列全体の集合は、群 の部分群による剰余として(up to bijection で)記述できる。
この表示をより具体的に知るため、固定部分群 を求めてみる。 まず、 かつ が正則である場合、 そして となる。 以下そうでない状況を考える。
を行基本変形により扱いやすい形に変形し、ブロック行列の計算を用いて固定部分群の元の形を決定する、という方針で進める。 行基本変形で簡単な形に帰着できることは、次の補題から従う:
行基本変形での不変性
任意の に対して、群の同型 が存在する。
証明
とすると、 より である。 これにより写像 が定まり、これは群準同型である。 同様に群準同型 が得られ、これら 2 つは互いに逆写像である。
以下、固定部分群の計算を行う:
かつ である場合:
- 行基本変形を考えると、ある と が存在して
が成り立つ。
- 上の命題より だから、後者を求めればよい。
とすれば、
が成り立ち、左辺は と等しいから、これより が成り立つ。 すなわち、この場合 となる。
以上で扱ったケース以外の場合:
- とおく。
行基本変形を行うと、仮定より、ある と が存在して
が成り立つ。 ここで、 かつ の場合 の部分が潰れるが、以下の議論に影響は生じない。
- 上の命題より だから、後者を求めればよい。
ブロック行列の計算により、 次正方行列 が
を満たせば、ある と が存在してと表せることがわかる。 さらに、同じく計算により、そのような 次正方行列 が正則であるためには、上記の が正則であることが必要十分だと確かめられる。
- 以上より、
と計算できた。
以上で得られた結果をまとめると次のようになる:
一般線型群の左からの掛け算による左作用の固定部分群
に対して、 のとき
が、それ以外の場合
が成り立つ。
得られた群の別表示
上で得た群は、アフィン変換群と類似している。 アフィン変換群が半直積として表せるように、上の群も、加法による群 と一般線型群 の半直積となる:群の分裂短完全列
が存在する。